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「ディズニー×ユニバーサルスタジオ」出身社長のトークセッション(後編)

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「ディズニー×ユニバーサルスタジオ」出身社長のトークセッション(後編)

ザワット株式会社 代表取締役 原田大作  × ストリートアカデミー株式会社 代表取締役 藤本崇

今伸び盛りのシェアリングエコノミー。牽引する2大社長のトークセッション後編。後編では、夢の世界の仕事の話や裏話、そして起業の経緯、これからインターンを始める方へのメッセージをいただきました。

夢の世界での仕事から起業まで、そしてインターンを始める方へのメッセージ


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Q. Universal Studio、The Walt Disney Companyと、夢の世界で働いていた時のことを教えてください。

【とにかく特別な空間で夢が溢れていた】
藤:最初憧れたのは映画の世界だったんですね。夢の世界です、本当に。どんな世界かというと、カフェテリアの横でスティーブン・スピルバーグが打ち合わせしてるんですよ。

原:ほー。すごい。

藤:次の映画の話を、隣でモグモグしながらしてるんですよ。それにすごい衝撃を受けたんですね。Hollywoodに就職しちゃったんですよ。ユニバーサル・スタジオって、映画村の裏の裏にテーマパークがあるので。映画のスタジオなんですね。だからHollywoodスターがたくさん歩いていて、そこに普通に出社するんです。自分のグループ秘書さんが、ブルース・ウィルスと共演していたりするんです。道を歩いていても女優さんとか映画監督の卵みたいな人で、夢が渦巻いている。みんな成功を願って遠いところからやってきている。
ハンバーガー屋さんでハンバーガー食ってて「こんな映画があったらいいな」と友達と話していたら、ハンバーガー持ってきたおじさんが、おれも映画作ったことあるんだよ、見てみる? という話になったり。

原:Hollywoodですねー!

藤:それで、自分もできるかもと思って、脚本を書いて、映画学校も通って、8ミリで撮ってたんですよ。なので、実は仕事はほとんどしていなくて。笑

(会場:笑)

藤:夢をみさせてもらったのが、強烈な体験でしたね。バック・トゥ・ザ・フューチャー、最近バズってたんですけど。あのセット、あれがオフィスの裏にあるんですよ。夜、そこに忍び込んででじゃないですけど、本当はやっちゃいけないんですけど。

(会場:笑)

藤:変な福利厚生ですよね。
僕は変な福利厚生の会社を転々としていて。関係ないですが、FedExっていう次に入った会社は、自社で航空機をもっていて、500機くらい世界で飛ばしてるんですよ、全部貨物ですけど。9.11が起こるまでは社員が乗れたんですよ。自社の便で世界に旅に出れるんです。

原:えー!貨物機で行けちゃうんですか。

藤:そうなんです。

原:荷物として入っていくんですか?

(会場:笑)

藤:ジャンプシートっていう、乗組員の、スチュワーデスさんとか、あれに乗れるんです。今はご法度になってしまってますが。その変わり、当日の朝5時に張り込んで、お願いして、ダメだったらダメっていう。上手く行ったら、ポンポン世界旅行できちゃう、お金ゼロで。面白いですよ。
ハブ空港は変なところに作るんですよ、アラスカとか、フィリピンとか。そこに夜空が真っ暗になるくらい、バーっと飛行機が集まってきて、瞬時に仕分けして、また飛び散る、みたいな。中継地点なので、そこから世界に全て行けるという。飛行機にありがとうって言って、また次の飛行機に乗るっていう。普通じゃない経験ですよね。コックピットに乗せてもらったことも。パイロットの人にお弁当どうぞってやったり。夢見がちな、というか特殊な経験はいつもありましたね。


【同じビジョンに向かって、全員が仕事している】
原:私は正しくは日本法人の方でThe Walt Disney Company Japanにいました。学生さんからめちゃくちゃお問い合わせ来るんですけど、オリエンタルランドじゃないんですよ。オリエンタルランドさんは第3セクターなんですね。商社と千葉県でつくった会社で、全然会社の風土と役割が違います。
仕事としては、例えば映画をつくると。企画・制作はアメリカ本社でやって、それが日本に来るので日本で広げて下さい、という感じです。アメリカで考えたものをローカライズする感じですね。 でも、僕が入ったインターネットの部署は異なっていました。モバイル・インターネットはアメリカには全然ノウハウがないので、逆に日本がリードして、作品を作って、それをアメリカに教えてあげる、みたいなクリエイティブな部署でした。
しかし、Disneyで働いて楽しかったのは、何のためにそこに行って、何のために仕事しているのか、っていう価値が非常に明確にあったことです。

ビジョンって言って、会社で1番大事なことなんですけど。The Walt Disney Companyっていろんな部署があります。映画つくる部署、DVDつくる部署、ライセンス、グッズつくる部署、僕達はゲームとインターネット。あとは、テーマパーク、旅行など。でも会社は1つなので、究極の、何のために仕事するかって言うと、映画をつくることなんです。全ては映画から始まります。
それは全部署で徹底されていて、Disneyは最高のエンタテインメントをつくるためにみんな仕事してます、ということが明確なんです。

Disneyの場合はビジョンがすごくしっかりしていて、最高のエンタテインメントを、マジックでつくりますと。もちろん他にもたくさん要素はありますが、皆さんが頑張って稼いだお金は全部、次の映画に投資します、っていうことが明確だったんです。
日本がつくったゲームが売れました、モバイルコンテンツがヒットしましたってなると、多少なりとも次の映画に反映されるだろう、ということが結構徹底して上司とかアメリカから伝えられていて。そういうビジョン面でやりがいがあって、マネジメントはうまかったですね。

まとめると、何のために仕事しているのかっていうと、普段はシステムのバグ直したりとか、ケータイ触ったりとか、企画書書くとかで全然IT業界っぽいんですけど、会社としてみると、映画をつくった。そこで貢献したので、あの映画に携わったんだなっていうのは少し残っているので、最高のエンターテインメントを作る夢の仕事をしたかな、っていう感じです。


Q. 起業経緯について教えてください。

【震災をきっかけに、ウォルト・ディズニーになろうと】
原:Disneyで、モバイルチームに入って、3年くらい苦労したんですけど、きっかけはソーシャルゲームでの成功ですね。日本のモバイルゲームが100万人の大ヒットとなり、社内で専門チームができて、むしろアメリカのゲームチームを越えた感があったんですよ。
となると、割りと入社時にやりたかったことができちゃったんです。モバイル分野で日本がリードとって、世界をギャフンと言わせるっていう個人的な目標。ちょうど、30歳までに起業したいっていう想いがあったんですね。そのタイミングも良く。

そんなの時に震災がありました。この先どうなるかわからないので、どうせ生きるなら、ウォルト・ディズニーさんのもとで一生ミッキーマウスを見続ける、というよりは、ウォルト・ディズニーさんのような経営者を目指そうと。じゃあ、やりたいことってなんだろうと、震災をきっかけに考えたら、「もったいない、をなくす」。そのプラットフォームをつくれたらいいなと思って、やるなら今だと思って起業しました。


【やりたいことを探しているうちに、今の事業をやらずにはいられなくなった】
藤:僕は、起業したいって学生の頃ひとつも思わなかったし、28歳くらいまで普通にサラリーマンで終わるのか、っていうのは思ってたんですけど、やりたいことを見つけたいっていうので精一杯で。起業とかそんな大それたことは自分には全然っていう感じでした。
MBAで留学して、すごい人が公演できて、なんとなくそういうことが身近に感じられてきて。でも借金を背負ってアメリカに行ったので、返さなきゃいけないので、その後も就職して。
5年くらい働いて、やっぱり何か新しいものをつくりたい、新しいことが自分は好きだ、人のために世の中のために何か大きなことをしたい、というのがあったのでやりたいと言って。結婚してこども生まれてたんですけど、家族にお願いをして。まあそれはいつものことだから、飽きちゃうから、あんまり真剣にやらないで、って言われたんですね。軽い心で揺さぶらないでよと。やるなら、なぜやりたいか、どこまでやりたいか、みたいなことをちゃんとコミットしろ、って言われたので。

原:厳しい奥様ですね。笑

(会場:笑)

藤:厳しい。笑 自分でシリコンバレーの動向とか追って、何が面白いんだろうと。また掛け算として自分ができること、自分が好きでやり続けること、って結構難しいじゃないですか。やりたい! って思っても、今さら35歳でインターネットで、勝てないなと思ったら、やることできないし。やれそうなことって言っても、物流企業にいたけど、いまからトラックの何とか、、っていうのもやだなと思って。ずっと悶々として、半年くらい調べてました。
今のビジネスモデルに近いものがアメリカで出てきた時に「これだ!」って。とにかくやりたい、そういう世界を自分でもつくりたい、見たい見たい見たーい!ってなって。
寝ても冷めてもそれをやりたくなったので、奥さんに直談判をして、どうしてもやるって聞かなくなって、最後は諦めてもらったっていう。

(会場:笑)

藤:じゃあそれって何だったの、なんでそんなに拘ったのって、その時はわからなかった。今自分でやっていて、3年くらいしてよいやくわかってきたんですよね。
結局、原体験っていうものは自分にもあって、料理学校とか映画学校とかって、50万円とか100万円とか払って、それで退学して、馬鹿なことは辞めなさいって周りに言われたんですけど。やっぱり自分がやりたいことを、自分に素直に追求してみた、っていう人が周りに少ないって思ったんですね。それは時間とかお金とかの制約で諦めちゃう人が多いと思ったので、自分の原体験として、数千円で好きかどうかぐらいで確認できたら良かったのにな、という思いがあったので、こういう世界をつくるのに憧れた。
当初、やり始めた時にはわからなかったんですね、絶対あったらいいなくらいで。ようやく自己分析して、なるほど、と。


Q. これからインターンを始める方にメッセージをいただけますか?

【インターンを本気で取り組むと、爆発的に成長する】
藤:インターンを採用したきっかけは、フルタイムで誰かきてもらおうと思っても、なかなかきてくれないし、経験積んでいると逆に足枷になってしまう部分があるんで。学生さんって意欲的で飲み込みも早いし、何より元気ですよね。いろんなことやらなきゃいけない、というので始めました。始めの数人が、ものすごく色々やってくれて、またその人たちの為にもなったということがあったんです。

最初に採用した子は、マーケティングをやってみたいから、とにかくマーケティングを学べるなら何でもやります。
もう1人は、ライティングの仕事をしたいと。報道かなんかにいきたいので、出来ることは何でもやらせてくださいと。2人とも仕事のことなんて知らなかったんですよ。
でも、1人の子はメルマガを全部任せたら、予約を誘発するようなメルマガを送れるようになって。毎月何万件も送って3、4件しか予約が発生しないのが、その子がやったら何百件になってきたんですよ。
最終的に、卒業するまでに500件くらい、結果ね。うちの売り上げの何%かみたいな。ネットに対しても何もなくて最初は。ただ、マーケティングをやりたい、という方で。
一生懸命あぁでもない、本当はどうだ、とか色々やって。周りの大人の方がインスピレーションをもらって。成長からくる周りに与える雰囲気というのがすごい良かったですね。

もう1人の子も、ライティングやりたくて、ネットのこと全くわからなくて。新聞とかそういう文藝春秋とか、そういうところ目指した頭の固い子だったのが、そのブログを書くようになって。そのうち、自分が結果を出したということに、生き生きと仕事していました。
その後、面白そうな学生さんが来て、結果を出した子がいるから、会社も助かって。後は学生も就活で悩んでいたとか、各々自分のこれ良くしたいとか。双方良いかたちで関われたので、非常に今推奨しています。
ただガチの人じゃないですけど、なかなか入れにくいというのはありますね。蓋を開けてみたら、結果を出したっていう人は、休学しているか、もう内定決まっていてやることがないとか、インターンしようと思って全てを置いておいて、とか。フォーカスの純度が高い人っていうのが多いですね。っていうのは今までの経験です。


原:正直プロの世界なので、うちもやっぱりお仕事は厳しいです。うちでは学生でも、アルバイトチームと、インターンチームを分けています。インターンにはすごく厳しいです。ちゃんと社会人として通用するレベルでないと。
というのも自分もそうだったんです。社会の一員として、会社の一員として、戦力にならないぬるい仕事をするとすごく怒られていたんですよ。本当だめな人間だったんで、ぼこぼこにされて。
メルマガを何回書き直しても、まだOKが出ないとか普通なんで、学業より全然厳しいです。
上司としても、そのくらい叱ることとか教えることって超大変なんですよ。嫌われたくないし。でも、弊社はしっかりプロとして向き合う、それで残った人を採用、十何人とかしています。
うちは新卒は採用しないので就職していくのですが、みんな相当良い企業に入社するんですよ。それで結構話題になります。リーダークラスになったりして。で、なんとうちに帰ってくる人もいる。
真面目に仕事に尽力しておくと、世の中狭いので巡り巡ってまた一緒に仕事することが多いんですよ。
ちゃんと本気で付き合っている人は、縁がずっと続くんですよ。だから、インターンにはちゃんと投資としてちゃんと得をしたら返す。で、その本気度が高い人ほど、成功していくというのは絶対ある、と思います。

(前編はこちら)
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