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シンクパワーにインタビュー!

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シンクパワーにインタビュー!

株式会社シンクパワー 代表取締役社長 冨田雅和

今回は株式会社シンクパワーの代表取締役社長 冨田雅和様にお話をお伺いしました。

バイトと野球部に没頭


どんな学生時代でしたか?


――勉強は、理系でしたが単位を落とさない程度でほどほどにやり、基本はアルバイトと野球部でした。 中でも印象深いのは、会社の正門前でやっていた八百屋の手伝いと、家庭教師で、特に家庭教師のアルバイトでは、 担当生徒の一人は今で言うアダルトチルドレンの子だったことです。まだ中学生でしたが、 例えば食事の時に親の前でテーブルに足を乗せているような状況がよくありましたからね。 その子には、勉強だけでなく、自分の下宿先に泊めて合宿し、寝食を共にしながら「生活」も教えていました。 全身全霊で、時にはぶつかりあいながらコミュニケーションをとったことが幸いしてか、最後の方は改善の兆しが出てきました。


「ぶつかり合う」というリスク


それは稀有な経験ですね。「時にはぶつかり合いながらのコミュニケーション」ということですが、会社経営をする今でも変わりないですか?


――基本的には何も変わっていないのですが、今は十分に人間関係に手が回ってないようが気がします。 商社にいた時は、徒弟制度的に上とも、下ともぶつかり合いも頻繁にありました。
先輩社員は指導員みたいな形で、お酒もよく飲みに行く一方、時には怒鳴られ、逆に徹底的に反発することもありました。 でもだからこそ、人間関係はすごく密でした。今はそれと比べると、あまりぶつかれていないように思います。 少人数のベンチャー企業では「怒鳴って辞められたときのリスク」なども知らず知らずのうちに潜在的に感じているのかもしれません。 今はあまり怒鳴ることはないですね。今は転職が当たり前の時代でもありますからね。 ですので、密な関係は以前に比べると作りにくい感じですね。そこが、なんとなく悩みどころではありますね。 密な上下関係を通して自分なんかは多くのことを学んだように思うので、ある程度会社が安定してくれば、 会社として3?5年はきちんと教育できるシステム、そして社風を作りたい、というのが将来的な目標です。

「将来こうなりたい」という夢は、特にありませんでした


学生時代は、将来どういうふうになりたいと思っていたのですか?


――そこが難しいんですが、「将来どうしたい」というのは特になかったんです(笑)。 漠然と何か大きなことはやりたい、お金儲けはやりたいとは思っていましたが、具体的に「起業したい」とも、もちろん考えたことがありませんでした。 結局、学部を卒業してからは大学院に進学しましたが、それも「考える時間が欲しい」というモラトリアムの延長のような形でした(笑)。



ですが大学院の後は、大手総合商社に就職されたそうですね。


――私たちのころは景気も良く、理系仲間の多くは大手のメーカーに入りましたが、 私は自分がメーカーに行くイメージができなかったんです。 そして商社に行くわけですが、それでも「君は何で商社に行きたいんだ?」と言われて 「いや…なんだか色々なことが経験できそうなんで」みたいな感じでしたよ(笑)。



韓国で「同期歌詞」の技術と出会う


では、創業のきっかけは何だったのですか?


――商社時代、所属していた当事の本部が会社として独立して、多くの会社に投資・育成を行うことになったのですが、 その子会社のひとつの社長を命ぜられ、仕事で韓国に出張した際に、たまたま見せてもらったMP3プレーヤーで、 音楽にあわせて歌詞が表示されている「同期歌詞」をみて、衝撃を受けました。
最初は、当時社長をやっていた会社の一つの事業として取り組むつもりだったのですが、 「少し今の事業とは毛色が違うから、自分でやってみたら?」と当時の株主から言われまして、「じゃあ…」ということで始めたんです。 「お前がやるなら金出すよ」と言ってくれた人もいたので、やってみようと思いました。 そして、ようやく10月から発売のソニーのウォークマンに音楽に同期する歌詞機能が入ったのですが、 あの「衝撃の日」から約5年、ウォークマンに歌詞が表示されるのを見ながら感慨深く感じています。

起業はリスクがつきもの


――今考えると、結構無謀なことでした。実際に、資金繰りで走り回る日々が続きました。起業当時とは収益モデルも変わってきましたし、 資金的にも「もう限界かな?」という時期もあり、持っていた歌詞データの譲渡先を探し始めたこともありました。結局、人との出会い、ツキ、色々なことが重なり、 そして資金提供してくれるところがあったので続けることができましたが、常に紙一重ではありました。 きつかったですね。まだまだ、今も気を抜けません。



そうなんですか(驚) そういう逆境を乗り越えられた理由は何ですか!?


――今後も、この程度の逆境は覚悟していますが、よくありがちな「諦めない情熱」や「仲間との支え合い」みたいなのは当然のこととして、 現実的な話をすれば、一番の理由はリスクの大きさはある程度限度を設定していることかなと感じます。 新しいことにチャレンジしているわけですから、やる気はもちろん十分でも、気合だけで際限なくというわけではありません。
ある程度ここまでやってダメなら、仕方がないという開き直りは、現在の役員、職員が共有してくれているように思います。
また、可能性を信じて投資してくれている株主もいますので、その期待にはしっかり応える努力はしていますが、 アーリーステージと呼ばれるこの段階で、個人保証の借金をつぎ込んでまではやるべきではない、という一線はもっています。
その一線をもっているからこそ、逆に思い切って事業に専念できるように思います。 個人保証をしないということで、 「社長は本気ではないのでは?」という人もいますが、それは事業の内容、時期によって考え方が異なると思います。
ベンチャー企業にとって、如何にリスクと向き合うか、精神的にも資金的にも非常に重要だと感じています。


問題意識さえあれば、仕事は後からついてくるもの


どういう学生を求めていますか?


――自分の仕事に対して、「もっとこんな風にできるのではないか」「ここをこう変えたらどうだろうか」という、問題意識を持って仕事に取り組める人ですね。 募集をかけている仕事内容が、最初のうちは歌詞の入力という単純作業なので、その点は是非とも伝えたい。物事には、ステップというものがあります。 問題意識を持った姿勢は必ず伝わりますし、そういう人に、「じゃあ次にチャンスがあれば仕事を頼みたい」となるわけです。 クリエイティブで華やかな仕事内容にばかり目がいって、足元が見えなくなってはいけません。問題意識がない人に限って、 「俺はこんなことをするために働いているんじゃない」とか言い出したり、仮にそういう仕事を与えても、また途中で不満を口にし、 結局何をやらせても出来ないものなんです。
問題意識を持つ姿勢、そういう姿勢さえあれば、仕事内容は後から付いてくるはずです。

――私が今感心していることは、例が極端かもしれませんが、当社が入っているビルの清掃のおばちゃんの仕事っぷりです。 ただトイレを清掃するだけでなく、トイレに花を添え、毎日変えているんです。それも、「掃除をしながら職場がきれいだと嬉しいので、 お花を飾らせてもらっていいですか?」という言い方で言われたので、本当にプロだと思いましたね。たぶん若いときには、かなりの仕事人だったと思います。 今度ゆっくり聞いてみたいと思っています。
問題意識を持っているからこそ、単純作業の中にも、改善の余地をたくさん見つけていくわけです。 それは、?仕事の本質?だと思うのです。どんな仕事内容でも、そういう人が本当の意味で「仕事ができる人」だと思います。

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